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時感旅行 6

2019-08-24||阿古 真理

長い好景気は社会を変える。
最近は、昭和30年代ぐらいまでの
手仕事中心の暮らしに憧れる傾向もあるものの、
家電とPCに囲まれた便利な生活を現代人は手放せない。
その便利さを手に入れる渦中にあった
時代の喧騒を、今回は振り返ってみたい。

高度経済成長とメディア。

 テレビ番組などでは、日本の歴史の区切りを告げる象徴として1945(昭和20)年8月の原爆投下や玉音放送を取り上げる。戦争に負けて日本人は新しい時代へと踏み出す、という展開だ。でも、暮らしが決定的に変わったのは、敗戦よりも高度経済成長が起こったときだ。
 朝鮮戦争の特需で弾みをつけ、1950年代から1973(昭和48)年10月の第一次オイルショックまで約20年続いた長い経済拡大。1960(昭和35)年に池田勇人首相が宣言した、10年後の所得倍増計画の目標を約7年で達成し、1968(昭和43)年にはアメリカに次ぐ世界第二位の経済大国にまでなった。その少し前まで、日本はハワイやブラジルなどへ行く移民船が出る国で、近代になって国際社会に仲間入りしてから長らく後進国だった。経済大国としての自覚が、なかなか追いつかなかったのも無理はない。なにしろ暮らしは、あまりにも急激に変わったのだ。
 たとえば都市の中流家庭の場合。ついこの間まで、雨の日にぬかるんだ土の道路で足元が汚れたし、冷蔵庫は氷屋さんが毎日きて氷を取り替える氷冷蔵庫で、御用聞きがビンの醤油を売りにきた。サザエさん的な世界が展開していたのである。農村では、牛や馬の力を借りて水田を耕し、かまどで火をおこしてご飯を炊いた。水汲みも毎日欠かせない仕事だった。
 それが、この20年ほどの間に、水道、ガスが普及して台所は板の間になり、冷蔵庫は電気になってテレビも普及した。道路は舗装されて、都会では交通渋滞が社会問題化するほど車が多く走るようになる。農村では機械化が進んで、化学肥料や農薬で田畑の管理が楽になり、都会へ出る人たちが急速に増えた。成長まっただ中の都会は人手を必要としていた。
 高度成長期に、目に見える暮らしの変化をもたらした産業の代表は、家電と自動車。どちらもたくさんの下請け工場を持ち、日本の経済基盤をつくった。家電は普及のスピードも速かったが、バージョンアップも速かった。たとえばテレビは白黒からカラーになり、そして大型化していく。
 一方ラジオは、技術の進歩で小型化する。ラジオ放送がはじまったのは1925(大正14)年。戦前のラジオは真空管で電気の流れをコントロールするため、サイズも大きかった。それが1950年代後半から1960年代にかけてトランジスタを使ったラジオが普及して軽量化と小型化が進み、やがてポータブル化する。役割を終えた真空管ラジオは姿を消していった。
 左ページの写真は、そんなトランジスタをつくる工場の休憩時間の様子である。製造ラインに立つ女性たちの制服のゆとりがある布の使い方が、いかにも高度成長期である。同じ姿勢のようで少しずつ違う伸びの仕方と、わずかに見える口元の笑みから、仕事を持つこと、経済を支えている自信からくる女性たちのゆとりが見える。
 右ページは、高度成長期がはじまって間もない1957(昭和32)年の東京の風景である。とんかつ屋の入り口に「テレビ」の文字が見える。テレビの本放送が始まったのは1953(昭和28)年。「一生に一度のお買い物」というキャッチフレーズで売り出されたテレビは当初、庶民には高嶺の花で、人びとはまず街頭テレビ、続いて客寄せの道具とした飲食店などに集まって視聴した。このとんかつ屋さんは店に人が入りきらずに外に溢れ出て、なんとか観ようと屈み込む女性がいるほど大盛況だ。
 街頭テレビの時代に広場でプロレスを見た、という人から、「ほとんど試合内容は分からなかったけれど、集まった人たちの熱狂で興奮した」と聞いたことがある。外で観る楽しみを分かち合われたテレビはその後、各家庭に入り、やがて個室に置かれるようになる。それでも、オリンピックや夏の高校野球など特別なスポーツは、街中の電気店に置かれたテレビの前でたむろする人たちがいて、感動を分かち合う光景が今も見られる。
 テレビもラジオも個人の所有になり、やがて登場するインターネットの情報もパソコン、スマートフォンとパーソナル化していく。情報はそれぞれ自分で獲得するものになって長いが、同時にその情報を共有する大勢の仲間を、個人は意識している。学校や職場で前日の番組が話題になったり、インターネットのSNSで盛り上がるのは、分かち合うことで情報はその価値を高めるからである。

掲載写真

長野重一「トランジスタ工場の休み時間」東京 1964(昭和39)年
「テレビのプロレスを見る人たち」東京 1957(昭和32)年

初出『TRANSIT』(講談社)2015年夏号